前にも書きましたが、農村青年塾は1955年からの歴史だけでなく、その前史を持っています。これから数回にわたり、現塾代表が書かれた塾の歴史をご紹介していきたいと思います。
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YMCA農村青年塾の歴史
「農村伝道の業として、そして戦後農村復興運動の一つとして」(『日本農村青年塾50周年記念誌1995-2004』(日本YMCA同盟)より)
YMCA農村青年塾代表 星野正興
1.はじめに
YMCA農村青年塾50周年にあたり、その歴史を前史における開塾の動機ならびに経緯と全体の評価を含めて振り返るのが、本稿に課せられたことである。本塾の歴史の細部については年表に譲るとして、ここではYMCA農村青年塾がなぜ生まれ、どのように歴史を刻み、そして今どのような意味と使命を持って歩んでいるかについて記しておきたい。
農村青年塾開塾の前史には大きく分けて二つの動機がある。その二つの動機はともに日本の農村問題と深く関係している。
その一つは、明治初年に行われた「地租改正」をきっかけとして成立した「天皇制に基づく明治地主体制」のもとで困窮を余儀なくされた農村と農民が直面する諸問題へのキリスト教的関わりという動機である。
そしてもう一つは、第二次世界戦争で敗北し、荒廃し切った日本の農村をどのように立て直すかという大きな問題への、キリスト教界における関わりという動機である。この二つの動機については以下に述べることとするが、それとの関連でもう一つ記しておきたいことは、これらの動機にはさらに二つの側面があったということである。その第一の側面は、キリスト教会(界)の「農村伝道」というものであり、そして第二は「農村復興への参与」という側面である。「農村伝道」というものはキリスト教会(界)のなす占有事項である、また教会の大儀とするところであろう。具体的には、伝道がなされていない農山漁村に「キリストの福音」を伝えたり、その地に教会を立てたりすることである。そしてそのことが農村と農民に仕えることであり、また益することと考えるのである。この「農村伝道」のゆえに農村と農民が抱える問題に関わるのである。
そして第二の側面である「農村復興への参与」ということは、大きく言えば農村伝道の業ではあるものの、たとえ教会が立たなくても、たとえキリスト者が増えなくても、とにかく疲弊し困窮する農民と農村に関わるということである。とくに、戦争によって荒廃のきわみにあった戦後の農村の復興に対してキリスト教会(界)は責任的に関わりを持とうとしたのである。
YMCA農村青年塾は、このような二つの動機と二つの側面をもって始まり、歩みを続けて行ったと言えよう。この歩みは、日本全体から観れば、決して大きなものではない。しかし、日本のキリスト教史においても、また現代日本の農村史においても、その歩みは確かにそこに刻まれたものである。そしてこの歩みが個々の農民と農業に関心を持つ者たちに与えた作用とインパクトは、決して小さなものではない。
それらのことについて、以下に検証しそれを後代に残しておきたいと思う。